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酔いどれ爺さん

Author:酔いどれ爺さん
神社仏閣や道の駅めぐりの記録

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伊勢神宮

2019/06/28 10:28:00 | 御朱印 神社 | コメント:0件

伊勢神宮には、「太陽」を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮(ないくう)、豊受大神宮は外宮(げくう)と呼ばれる。まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しいとされている。伊勢神宮は神明造という古代の建築様式を受け継いでいる。これは弥生時代の高床式倉庫が起源で、神へのお供え物をする特別な建物だ...続きを読む
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日光東照宮

2019/06/25 07:25:20 | 栃木の神社 | コメント:0件

元和2年4月17日(1616年6月1日)、徳川家康は駿府(現在の静岡)で死去した。遺命によって遺骸はただちに駿河国の久能山に葬られ、同年中に久能山東照宮の完成を見たが、翌・元和3年(1617年)に下野国日光に改葬されることとなった。日光では同年4月(4月)に社殿が完成し(作事奉行は藤堂高虎が務めた)、朝廷から東照大権現の神号と正一位の位階の追贈を受け、4月8日(5月12日)に奥院廟塔に改葬され、家康死去の1周忌にあたる4...続きを読む

善光寺

2019/06/23 19:19:59 | 長野 寺 | コメント:0件

『善光寺縁起』によれば、御本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれております。この仏像は、仏教の受容を巡っての崇仏・廃仏論争の最中、廃仏派の物部氏によって難波の堀江へと打ち捨てられました。後に、信濃国司の従者として都に上った本田善光が信濃の国へとお連れし、はじめは今の長野県飯田...続きを読む

早雲寺

2019/06/23 08:31:00 | 神奈川 寺 | コメント:0件

大永元年(1521年)、北条早雲(伊勢盛時)の遺言でその子北条氏綱が京都大徳寺第83世以天宗清を招き創建されたと伝えられている。天正18年(1590年)、小田原征伐において一時的に豊臣秀吉軍の本営が置かれるが、石垣山城が完成すると当寺を含む一帯は焼き払われた。北条氏の庇護を失って荒廃したが、焼失後の寛永4年(1627年)、僧・菊径宗存により再建。寺内には後北条氏5代の墓があります。  2012年1月26日参拝御朱印を頂き...続きを読む

江島神社

2019/06/21 09:25:00 | 神奈川の神社 | コメント:2件

社伝によれば、欽明天皇13年(552年?)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まると伝える。寿永元年(1182年)、源頼朝の命により文覚が島の岩屋に弁財天を勧請したとあり、これをもって創建とすることもある。歴代の鎌倉幕府将軍・執権や、代々の領主から崇敬を受けた。江戸時代には弁才天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになった。日本三大弁天の一つに数えられる。   瑞心門...続きを読む

厳島神社

2019/06/18 07:06:00 | 御朱印 神社 | コメント:0件

社伝では、推古天皇元年(593年)、当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされる。広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東部、弥山(標高535m)北麓に鎮座する。平家からの信仰で有名で、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられた。社殿は現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されている。全国に約500社ある厳島...続きを読む

サザンライブに来ています

2019/06/16 17:06:00 | 日記 | コメント:0件

東京ドームにサザンオールスターズのライブに来ていますステージに割と近い肉眼で顔が見えそう...続きを読む

笠間稲荷神社

2019/06/16 12:51:44 | 関東地方 神社 | コメント:0件

社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)と伝えられています。 その後幾星霜を経て、桜町天皇の御代、寛保3年(1743)には時の笠間城主井上正賢により社地社殿が拡張され、又延享4年(1747)牧野貞通が城主となるや先例により祈願所と定められ、境内地・祭器具等が寄進されました。以来歴代藩主の篤い尊崇を受けました。五穀豊穣、商売繁盛の神として古くから厚く信仰され、関東はもとより日本各地から年間300万...続きを読む

諏訪大社 下社春宮

2019/06/15 18:44:00 | 長野の神社 | コメント:0件

秋宮・春宮からなり、上社と異なり二宮の地位は同格で、御霊代(依り代)が2月と8月に両社間を遷座する。南側が開けており古くから農耕が盛んな地であり、農耕民族的な性格を有している。 一帯は下諏訪の中心地で、近世には中山道・甲州街道の宿場町として下諏訪宿も設けられた。下諏訪の町の北端、秋宮の北西約1.2kmの地に鎮座する。下社最初の遷座地とされる。西方には砥川が流れている。毎年2月-7月に祭神が祀られているため、...続きを読む

諏訪大社 下社秋宮

2019/06/15 15:47:00 | 長野の神社 | コメント:0件

秋宮・春宮からなり、上社と異なり二宮の地位は同格で、御霊代(依り代)が2月と8月に両社間を遷座する。 毎年8月-翌1月に祭神が祀られているため、秋宮よばれている。境内は社殿4棟が国の重要文化財に指定されている。周辺は温泉の湧出地で、境内にも御神湯がある。全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社である    手水舎     温泉の手水舎    参集殿   神楽殿   幣拝殿  工事中でした。 現在は終わってま...続きを読む