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酔いどれ爺さん

Author:酔いどれ爺さん
神社仏閣や道の駅めぐりの記録

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白須若宮八幡神社

2018/05/30 14:45:34 | 山梨の神社 | コメント:0件

道の駅はくしゅうに立ち寄ったところ神社が見えたので参拝をしました。白須若宮八幡神社です 神社前に御由緒と御祭神について書かれた説明板があります。 地上6.6mで主幹が折れてしまったのが残念。内部は空洞で、焦げ跡がある。案内板によれば、落雷によるものだ。 無人の為賽銭箱の脇に書き置きが置いてあります。お金は賽銭箱の中に入れます 2018年5月26日参拝御朱印を頂きました。    御祭神       仁徳天...続きを読む
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武田八幡宮

2018/05/27 10:37:46 | 山梨の神社 | コメント:0件

社伝によれば、822年(弘仁13年)に宇佐神宮または石清水八幡宮の分霊を勅命によって勧請し、地名から武田八幡宮と称したのが草創とされる。当宮の別当寺である法善寺(南アルプス市)の記録に基づき、同じく822年に空海の夢の中で八幡大菩薩が武田郷に出現したため神祠を構えたのを起源としている。なお、同書では日本武尊の子である武田王が御殿を設けた事が武田の地名の由来であり、武田王が館の北東の祠を館内に移して祀ったの...続きを読む

無戸室浅間神社(船津胎内神社)

2017/08/14 10:59:55 | 山梨の神社 | コメント:0件

1673年、富士講の人々を引率して登る富士行者により、富士山への登拝中に洞穴が発見されました。この洞穴がある場所を、浅間明神誕生の地として勧請し洞穴入口に社殿を建立したのが当社の始まりとなります。洞穴は西暦800年の富士山大噴火で流出した溶岩により形成されたもので、その内部は、あばら・のちざん・子返り・女陰石・胎盤などの人体に似た形状であったため「胎内」と名付けられました。富士講での登拝の際には必ず洞...続きを読む

北口本宮冨士浅間神社

2016/11/06 19:38:51 | 山梨の神社 | コメント:0件

景行天皇40年(西暦110年)、日本武尊ご東征の折、足柄の坂本(相模国)より酒折宮(甲斐国)へ向かう途中で当地「大塚丘」にお立ち寄りになられ、そこから富士の神霊を親しく仰ぎ拝され「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と仰せになりました。そのお言葉に従い大塚丘に浅間大神と日本武尊をお祀りし、当社の創建となりました。 天応元年(781)、富士山の噴火があり、甲斐国主の紀豊庭朝臣が卜占し、延...続きを読む

新倉富士浅間神社

2016/11/06 14:11:26 | 山梨の神社 | コメント:0件

大同2年(西暦807年)には富士山の大噴火があり、平城天皇(へいぜいてんのう)の命により当社に勅使が参向せられ、国土安泰富士山鎮火祭を執り行った。この時、平城天皇より三国第一山の称号と天皇の御親筆である勅額・破魔宝面・金幣が奉納された。戦国時代には武田信玄の父・信虎が北条氏との戦にあたり、境内地である新倉山に陣をとり、当社で戦勝を祈願し勝利したことにより、刀を奉納された。富士の眺め日本一と言わしめ...続きを読む