プロフィール

酔いどれ爺さん

Author:酔いどれ爺さん
神社仏閣や道の駅めぐりの記録

FC2カウンター
カテゴリ

三浦二十一薬師霊場21番札所 東光寺

2017/05/07 15:39:47 | 三浦二十一薬師霊場 | コメント:0件

略縁起によれば1,200余年前、行基菩薩が諸国行脚の際、当郷にて草庵を結び、生きている全てのものを救うために地蔵菩薩像を造られた。そんなある夜、老翁(三浦富士の神様の化身)が行基菩薩の夢に現れ、全ての生命あるものの安楽のために薬師如来の像を刻むよう告げた。行基菩薩は、目が覚めるとすぐに三浦富士に登り、夢に見た神様を祀った。その後、草庵に戻り夢のお告げの通りに薬師如来と日光・月光菩薩、12神将の像を彫刻し...続きを読む
スポンサーサイト



三浦二十一薬師霊場20番札所 大泉寺

2017/05/07 15:14:16 | 三浦二十一薬師霊場 | コメント:0件

 開創は天正四年(1576)、開基は天正十八年三浦郡代官頭長谷川七左衛門長綱。代官頭となった長綱が、衰退した寺社の復興と創建対策の為、徳川家康の意を受けた御朱印を寺社領として寄進、当寺にも天正十九年十一月二石が給付された。 黒船出没の際、当寺に幕府の武者奉行が定泊した為、川越藩の墓石も発見されている。 薬師如来坐像は江戸時代の作で一木造り、堂内本尊左隣に鎮座されている。2017年4月30日参拝御朱印を頂...続きを読む

三浦二十一薬師霊場19番札所 正観寺

2017/05/07 14:53:39 | 三浦二十一薬師霊場 | コメント:0件

正観寺の山号は医王山、院号は薬師院であり、寺の歴史とも深い縁を感じる。 正観寺が三十三年に一度の平成二十九年、三浦薬師如来大開帳で十九番札所となるまで、三浦薬師如来霊場番外となっていた。これは古来当寺お薬師如来様が、村の鎮守として親しまれていた事に由来すると思われる。当寺のお薬師様は明治政府の神仏分離政策(明治初年)が行われるまでは「如来」の名とともに、「薬一王」の名で村の鎮守として親しまれていた...続きを読む

三浦二十一薬師霊場18番札所 万福寺

2017/05/07 14:33:48 | 三浦二十一薬師霊場 | コメント:0件

当山は、明応四年(1495)の創建、鎌倉の大本山光明寺系の浄土宗の寺である。 この寺は、もと下山口平の里にあった満蔵院で、下山口を領していた鎌介という人が満蔵院本尊の薬師瑠璃光如来の信仰者であったので、明応四年に現在の地に自分の邸宅を全部寄進して寺となし、平の里から薬師如来を移して祀り「沙白山満蔵院万福寺」と号した。そして、鎌倉の光明寺から浄土宗四代の法孫寂恵上人の法弟、源誓上人を招請して開山と仰いだ...続きを読む

三浦二十一薬師霊場17番札所 正行院

2017/05/07 14:07:10 | 三浦二十一薬師霊場 | コメント:0件

当寺は和田義盛が正治元年(1199)に妻である巴御前の菩提寺として秋谷の乗越海岸に建立したのが始まりとされ、明応七年(1499)鎌倉光明寺第九世観譽祐崇上人が現在の地に移し開山し、巴御前の頭髪が埋葬されています。寛永十七年(1640)類焼により本堂を焼失しましたが、慶安元年(1648)徳川家光より御朱印を下賜され万治二年(1659)に本堂が再建されました。薬師如来像は境内薬師堂から本堂へ移され祀られています。2017...続きを読む