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酔いどれ爺さん

Author:酔いどれ爺さん
神社仏閣や道の駅めぐりの記録

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西国三十三観音32番札所 観音正寺

2017/06/01 10:48:59 | 西国三十三観音 | コメント:0件

伝承によれば、推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地を訪れ、自刻の千手観音を祀ったのに始まるという。聖徳太子はこの地を訪れた際に出会った「人魚」の願いにより一寺を建立したという。その人魚は、前世が漁師であり、殺生を業としていたために人魚に生まれ変わり苦しんでいたという。寺にはその人魚のミイラと称するものが伝えられていたが、平成5年(1993年)火災で焼失した。実際に創建時期については不明であるが、少な...続きを読む
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西国三十三観音31番札所 長命寺

2017/05/25 22:29:54 | 西国三十三観音 | コメント:0件

伝承によれば、第12代景行天皇の時代に、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願した。このため宿禰は300歳の長命を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地に赴いた際、宿禰が祈願した際に彫った文字を発見したという。これに感銘を受けてながめていると白髪の老人が現れ、その木で仏像を彫りこの地に安置するよう告げた。太子は早速、十一面観音を彫りこの地に安置した。太子は宿禰の長寿にあや...続きを読む

西国三十三観音30番札所 宝厳寺

2017/02/16 19:50:57 | 西国三十三観音 | コメント:0件

竹生島宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。行基は、早速弁才天像(当山では大弁才天と呼ぶ)を彫刻し、ご本尊として本堂に安置。翌年には、観音堂を建立し、千手観音像を安置...続きを読む

西国三十三観音33札所 華厳寺

2016/06/19 19:09:16 | 西国三十三観音 | コメント:0件

華厳寺は延暦17年(798年)、会津黒河郷の豪族大口大領が京の仏師に依頼していた十一面観音像を持ち帰る途中突然尊像が重くて動かなくなり、この地こそが結縁の地であろうと草庵を結び、延暦末年に、当地で修行していた聖僧・豊然上人の協力を得て一寺を建立したという。当時、寺近くの谷より油が湧き出し、燈明に困ることが無かったといいます。 その後(約100年後)、この話を聞いた醍醐天皇が谷から湧き出る汲めども尽きな...続きを読む

西国三十三観音29番札所 松尾寺

2016/05/29 14:26:23 | 西国三十三観音 | コメント:0件

「若狭富士」と呼称される青葉山(699米)の中腹に位置する。唐の僧、威光上人が当山の二つの峰を望んで、中国に山容の似た馬耳山という霊験のある山があったことを想起された。登山したところ、果 せるかな松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結ばれたのが、和銅元年(七〇八年)と伝えられる。本尊の憤怒の形相をしたご本尊は、三十三霊場中唯一の馬頭観世音菩薩。三面八臂の坐像で漁師春日為光作といわれ、体内仏として威...続きを読む